まずは人を知れ-良源編-

いつの間にかレギュラーの座を勝ち取っていたあなどれない坊主。元祖変身ヒーロー(笑)。
(CD版キャスト:大塚明夫)

慈恵大師じえたいし良源
延喜12(912・壬申)年〜永観3(985・乙酉)年01月03日
幼名・観音丸。父は木津氏、母は物部氏。近江の東浅井郡出身。
12歳で比叡山に上り、17歳の時に出家受戒。後に第18代座主となる(966〜晩年の19年間)。
多くの堂塔や教学・法儀の復興に努めたため比叡山中興の祖として知られ、生前にして大僧正の位を戴いている。
元三大師がんさんたいし(01月03日に没したため)、魔滅大師、降魔大師、御廟みみょうの大師、御廟の大僧正、などの別称がある。

で、その偉い坊さまが何故あんな鬼のような姿なのかというと

良源は神仏が姿を変えて現れた『権化の人』で、天台宗は『邪正一如じゃしょういちにょ』、つまり邪も正も本来同一である。
だから彼は自ら鬼と化して魔を滅し、その姿のまま仏となったのだ

という伝説があるのがその理由【『天狗草子』延暦寺巻】。
だが、伝承では沢庵づけ(「じょうしんぼう」と呼ばれる)やおみくじの考案者だという話もあって結構庶民的な人だったよう。

比叡山横川よかわの元三大師堂、比叡山西塔の本覚院、坂本の求法寺ぐほうじから出されている、良源をかたどったといわれる護符は2種類ある。
1つは「角大師」と呼ばれるもので件の鬼の姿といえようか、角が生えている(これは大原の三千院でも入手可能)。
もう1つは「豆大師」と呼ばれる。「魔滅大師」から来た呼称らしいが、小人がわんさと描かれた符である。
一説によれば良源は大変な美形であったため、祈祷で参内した時に宮中の女性にホレられかねず、挙句に誘惑されては破戒の危険がある。というわけで彼は参内の際には醜く恐ろしげな角のある姿になったり、体を豆のように小さくして人目につかないようにしたりしたという(例の鬼面は京都・寺町通広小路の廬山寺ろさんじに伝わっている)。
「─なにしろこのとおりの美形なもので、宮中では女性がうるさくてね…」てなもんだ。なかなか自意識過剰な坊主である。

三千院「角大師」 左の可愛いといえば可愛いシロモノが、三千院で入手可能な「角大師」護符(¥100)。この護符の入れられている袋の裏側にはこのように書かれている。

角大師の御牘について
この御牘は、比叡山中興の祖といわれる元三大師が疫病を退治したときの御姿を写したもので、魔除の御牘として有名です。世間では『角大師』と呼ばれ、各家の門戸(玄関口)に外の魔を睨み付けるように貼って頂きますと一年間の魔除と無病息災が守護されると言われています。
(後略)

実際の使用例をなぜか地元(千葉県)で一度だけ見た事がある(笑)。
なお、「角大師」護符のいわれには「説法を終えて退室した壁に良源の影だけが残されており、それを弟子が描きとると影もそれにつれて消えていった」という説もあった…と思ったんだがなぁ…出典忘れたよ…(T_T)。


『王都』の良源さまを描こうとしてあの眉に泣かされた人も多かろうが、岩崎先生に罪はない。「豆大師」護符などで左眉が長く描かれていた(降魔の相なのだとか)のを「バランス悪いから両方長くした」のだ。
ここは一つ、一歩間違えればギャグになりかねない特徴を持った顔をあれほど格好良く描く岩崎先生の画力に涙しよう。
ところで、変身すると髪がのびるというのは変身モノ(戦隊モノは除く)の「お約束」だが、元の姿に戻っても髪が戻らないのは「お約束」に反する。ファンは嬉しいけどね(笑)。アシスタントさん方に大感謝。


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